義理の父母を介護したら他人である嫁(または婿)の相続権はどうなるのでしょうか。
知らなかった、こんなはずじゃなかった、と後悔しないように介護する嫁(または婿)にぜひ知ってほしいことをまとめました。
Aさんのケースを例に相続権がどうなるのか、どのような対策があるのかみていきます。
2019年7月1日から民法改正法が施行されています。(特別の寄与等)
新民法でどのようになっているのかもみていきます。
1.Aさんのケース
~登場人物~
Aさん(48才) 長男の嫁。夫に先立たれて独り暮らし。夫婦間に子供はなし。
義母(76才) 舅はすでに他界。一人暮らし。
義姉(53才) 家族構成は夫と子供3人。他県に住んでいる。
Aさん夫婦はもともと同じ県内の出身。Aさんの実家と義実家の中間くらいに夫婦で世帯を構えました。義実家とは車で20分ほどの距離。義母との仲は比較的良好。ときどき様子を見にいったりしています。
Aさんと義姉との仲も比較的良好です。義姉は遠方の他県に住んでおり、年に1度ほど帰省します。他に義兄弟姉妹はいません。
現在、義母はまだ介護を必要としていません。年齢の割には元気ですが、そうはいっても76才。いつ介護が必要になるかわかりません。
義姉は帰省のたびに「母さんはAさんが近くにいるから安心ね」とAさんが介護をすることをほのめかしてきます。距離的にもAさんが義母の介護をする可能性は高い状態です。
将来的に義母の介護が発生したとき、義姉からの援助は金銭的にも物理的にも難しいと予測されます。
ではAさんは嫁として相続権はどうなるのでしょうか。
2.嫁には相続権がない
まず、大前提として他人である嫁には相続権はありません。
民法で法定相続人は決まっていますが、その中に嫁は入っていないからです。
(参考:遺産を相続できる人できない人)
特にAさんはすでに夫が他界、夫婦間の子供もいません。
Aさんのケースですと、義母の遺産はすべて義姉が相続します。
残念ながら今の状況では嫁であるAさんには1円も入ってきません。
改正後の民法でも相続権があるのは義姉だけです。(Aさんは相続人にはなれません)
それにもかかわらず、Aさんが義実家と姻族関係を終了させていない場合には、義母の扶養義務を負います。
※姻族関係の終了とは俗にいう「死後離婚」のことです。
つまり法律上では、嫁は義父母の相続権がないにもかかわらず扶養しなければならない、という理不尽な立場になります。
3.介護したら寄与分はもらえる?
相続には「寄与分」というものがあります。
簡単に説明すると、被相続人の療養看護や財産の維持などをした人に相続財産を上乗せすることができます。
その上乗せ分を「寄与分」といいます。
しかし、寄与分は相続人にしか認められていません。
旧民法では、嫁はそもそも相続人ではないので、いくら手厚く介護をしたとしてもこの寄与分は認められませんでした。
新民法ではこの部分が改正されました。
旧法と同じようにAさんは相続人ではありません。
しかし、次の3つの要件を満たせば、Aさんは相続人(義姉)に金銭の請求をすることができるようになりました。
- 被相続人(義母)に対して無償で療養看護その手の労務の提供をした
- 1.によって被相続人(義母)の財産の維持又は増加について特別の寄与をした
- 被相続人(義母)の親族である
4.注意点と対策
民法改正によってAさんは報われるような気がしますが、注意が必要です。
療養看護をした場合の相場は介護報酬基準を目安とされ算定されます。
また、要件である「被相続人の財産の維持」に寄与したと認められるかなど不安要素は残っています。
このままではAさんは義母の介護を一生懸命しても満足な金銭を請求できない可能性もあります。これに対し、義姉は一切介護をしなくても義母の遺産を受取れます。
そんなAさんはどうすれば良いのでしょうか。
3つ対策を挙げていきます。
対策その① 養子縁組
Aさんが義母の養子となることで相続権を得ることができます。
義母と養子縁組をした場合には、法律上Aさんは義姉と同じ「義母の子」という立場になります。
相続割合はAさんと義姉で1:1。
また、Aさんが介護をしたら寄与分として多めに遺産をもらうこともできます。
対策その② 遺言書
義母に遺言書でAさんへ相続(遺贈)する分を書いてもらいます。
そうすることでAさんは遺産を受取れます。
後々、争いに発展させないためにも「公正証書遺言」にして残すことをお勧めします。
また遺言執行者としては行政書士・司法書士・弁護士などの専門家を選任することをお勧めします。
対策その③ 生前贈与
もうAさんが介護をすることが決定なら、いっそのこと先に贈与としてもらってしまうというのも一つの手です。
相続ではありませんが、贈与契約を結んで義母が存命中にもらってしまう方法です。
ただし、義母や義姉からすればAさんが贈与をもらっておいて介護をしなかったらどうしよう、という不安もでてくると思います。
負担付贈与といって、今回のケースですとAさんが介護をするという約束を前提に贈与してもらう契約があります。
一括でもらってもいいですし、介護しているあいだに定期的にもらってもいいです。
ただし、トラブルを回避するためにもしっかりと書面に残すことをお勧めします。
5.Aさんはどうしたかというと…
上記で挙げた3つの対策は、Aさんのケースでは義母と義姉の理解が必要になります。
Aさんは義母・義姉と比較的良好な関係でした。
それでも介護と引き換えにお金が欲しいと言うのはちょっと…、とAさんは何も対策をしませんでした。
予想通りAさんが義母の介護をし、義姉はときどき様子を見に来る程度。
義姉はAさんに「いつもありがとう。とても感謝している」と言っていました。
義母が他界し、介護が終了。
いざ相続が発生したときに義姉はAさんにいくら渡したのでしょうか。
1円も渡しませんでした。
「Aさんには本当に感謝している。でもうちは3人の子供を大学に進学させて、住宅ローンもまだ残っているから家計が大変なの。それにそもそも嫁には相続権がないでしょ。」と義姉は言いました。
Aさんはお金が欲しくて介護をしていた訳ではありません。
しかし、とても悔しくてたまりませんでした。
そこで義姉に「特別の寄与」を主張し金銭請求しようとしたところ、介護の期間や内容などから満足のいく金額にはなりませんでした。
6.嫁の相続権 まとめ
このケースですと義姉は非情にみえるかもしれませんが、決してそうではありません。
なぜなら「嫁は所詮赤の他人、相続権はない」と法律がいっているからです。
もし、Aさんが遠慮せず3つの対策のどれかを義母と義姉に相談していたらどうでしょう。
Aさんが介護したことを本当にねぎらってくれるような人たちなら、対策を提案した時点で前向きに検討してくれるはずです。
義父母の介護をしなければいけない、またはすでにしている人は、嫁は何も対策しなければ1円も相続する権利はないということを念頭においてください。
民法が改正されたからといって、必ずしも「特別の寄与」を認められる保証があるわけではありません。
仮に認められたからといって満足のいく額を得られるとも限りませんので、事前の対策は必須です。
まずは専門家に自分が対象になるのかどうか確認する、というのも一つの対策です。
また、どうしても言えない、相談できない、という方はボランティアになるかもしれない覚悟をもって何も期待せず介護する覚悟をしてください。
善意を期待しすぎると、現実をみたときに辛くなってしまいます。
特に介護が終わって気の抜けた状態ではなおさらです。
泣き寝入りしたくないのなら、義父母がまだ元気なうちにしっかりと話し合ってみてください。
とはいっても、民法の改正でいままで泣き寝入りするしかなかった方が救済されるケースも増えていくと思われます。
今までは相続人にしか認められなかった寄与分が嫁(相続人以外の親族)にも認められるようになったことはとても大きな前進だと思います。
一生懸命介護した分は言葉だけではなくちゃんと形(金銭)としても認めて欲しいですよね。